トントン拍子の内定は怪しい 転職の注意点!

直ぐに転職が決まった店は雰囲気が悪かったお恥ずかしいのですが、転職の失敗体験についてお話しさせて頂きます。

つい最近のお話しなのですが、飲食業の正社員の内定を頂きました。接客業にチャレンジしてみたかったからです。翌日に返事があったのでトントン拍子に話が決まって嬉しかったのですが、入社すると実態が掴めてきました。

ホールの勤務だったのですが、まずは従業員の方達の「オレ様」的な感じが目に付きました。新人に余計に構ってくる感じで凄く仕事がやり辛かったです。

店の感じもあまりよくはありませんでした。バイトの従業員はお喋りばかりしていて、お客さんがデシャップ(配膳する場所)を覗いてしまう感じでした。新人の自分はそういうお客さんと目を合わせてお辞儀をする感じです。

次にキッチンの腕前も微妙な感じです。料理を出すのに時間がかかるし、ライスなどの添え品を忘れてもホールが全て謝罪したりする対応量が半端ありませんでした。

最後には、デシャップとキッチンのミスでライスのオーダーが漏れていたお客さんが怒って店にクレームを出しました。そしてその飲食街の責任者がこの店のテナント自体にイエローカードを提示してきて、研修社員の自分が責任を負う形で退職しました。

退職の通告の時も「君はおかしい」などと罵声も言われました。その後この会社を調べると色々と出てきました。ネット上でも1つ星評価で自分が見てきた事が数年前の過去の掲示板に書かれてあり、数年経った今でも改善されていないのかと驚きました。

幹部も髭を生やしたり、カジュアルな格好で出入りしたりと常識的ではない感じであり、給料も提示額が振り込まれておらずという感じでした。

トントン拍子の就職は少し考え物です。その会社の情報を調べて検討された方が良いでしょう。

頑張れば、報われるのだ

長靴のおかげ?転職で志望動機もはきはきと答えられた私は高校卒業後、事務の仕事をしていました。憧れていた仕事内容とはかけ離れていて、毎日罵声や文句を浴びせられ、体調を崩して辞めてしまいました。

それから何年か経ち、結婚し、子供が1歳の時にコンビニでアルバイトを始めました。私が働いていたコンビニは最低限の人数で働いていたため、子供が具合が悪くなった時など急を要する時に、対応してもらえませんでした。このままでは、子供にも良くないと思い、ひそかに転職活動を始めました。

子供が小さいとのことで、かなりの数を落とされました。正直凹みました。落とされるたびに、もう一生決まらないかもしれないと暗くなっていき、それが逆にダメだったかもしれません。面接に行っても、またダメかもと思うと元気が出ず、やる気が無いと怒られたこともありました。

そんな中で自分でも笑えた体験談は、大雨の日に面接で、しかも午前中は仕事でした。間に合わないと急いで車で着替え、面接に向かいました。面接室に入る前から、何だか周りから見られていましたが、気づきませんでした。面接官に「急いできたのですね。」と言われ、足元を見ると、長くつ!急ぎ過ぎて、靴をはき替える事をすっかり忘れて長くつで行ってしまいました。

この時に、面接官の方も笑っていましたが、私も恥ずかしいを通り越して笑ってしまい、もう駄目だろうから好きにやろうと、全部正直に答えました。結果、この面接で内定をいただき、もう3年になります。

緊張がほぐれて、はきはき答えられたから良かったのか、何が良かったのか今でも謎です。でも頑張れば、報われるのだと感じました。今の職場は働きやすいです。大好きです。

勇気を出して挑戦すれば何とか合格することも

転職面接で勇気を出して挑戦すれば道が開けることも!転職話ということで、
私が自衛隊からプログラマへ転職したことを書こうと思います。

もともと私は忍耐強い性格と
自分の興味のあることに対しては物凄い集中力を出しますが、
興味の無いことはからっきしでしたので、
自衛隊生活も興味深く同期とともに楽しくやっていたように感じます。

しかしまだまだそのころは若く好奇心旺盛だったので、
当時パソコンについてのかなり進んだ知識を持っていた
同じ部屋の同期から、パソコンの分解結合から
ネットワークの最新技術動向について話を聞いているうちに、
私も自分でパソコンを駆使して建設的な仕事を
一人でできるようになりたいと強く思うようになりました。

そして1年間地元の職業訓練校で学んで
情報処理の資格を取得して
隣県のシステム開発を主とする会社の求人に応募しました。

ハローワークインターネットサービスを使って
予め調べておいた情報を持って、
その隣県のハローワークから紹介状をもらう予定で
一路高速バスでその県へ向かったのです。

昼ちょうどくらいにハローワークに求人を尋ねると、
係員がその会社へ電話してくれました。
そしてなんと、先方からそのままおいでくださいという
返事を貰ってしまいました。

これは完全に想定外で、なんと心の準備も整わないうちに
いきなり社長面接に漕ぎ着けてしまいました。
一応履歴書は持っていたのですが内心、
いきなり社長面接まで来てしまうなんて
もしかしたらブラック企業なのかもという一抹の不安はありましたが、
完全アウェーの上、技術職志望の癖に未経験者という立場上、
多少の苦労はどんと来いと思っていました。
忍耐力精神力は自衛隊生活で鍛えられていましたし…。

さて、その会社へ到着したのが
大体2時過ぎころでしたので
かれこれ3時間あまりが経過したことになります。
外はすっかり暗くなってしまいました。
ところが未だ面接官である社長は話し続けていました。
もちろん面接者は私だけ。
話の変遷がよく分からずダメ出しされたような気がしたりしましたが
なんとなく合格っぽかったようです。
というのもその場では合格か不合格か教えてもらえませんでした。

結局後日案内を送付するということで、
その夜は帰りのバス停留所まで送って頂きました。
そしてそのまま合格していました。

技術職への募集に未経験&高卒で応募し、
なんと面接の時は私服でしたがそれでも内定をもらえました。
成功の秘訣なんて分かりませんが
それでも勇気を持って踏み出してみれば
絶対無理そうなことでも意外となんとかなるということは
今回のことで分かったといえます。

一番大事なのは人間関係かな。

人間関係が良ければ、ブラック企業でも楽ですね私は某食品会社に高卒で就職しました。
その会社は主にパンを作っている会社で、出勤時間は朝5時。
大体定時で帰れる日はなかったです。白い全身覆うような作業服。
空調設備もないので堪える暑さ。冬は着込むしかない。

それでもパンを作るのは好きだったので苦ではなかったです。
朝早く毎日2時間は残業。たまに形の悪いパンをつまんで食べたりしました。
上司も面白くて、人間関係は抜群に良かったのは救いでした。

私の部署は残業があるからこそ生活できるような安月給でした。

ある日、定時で帰れる部署に部署異動の話がきました。
ただ、そこにはセクハラで有名な上司がいました。
普段接する分には大丈夫なんだけど、毎日となるとちょっと嫌だなあ~となるのは当然。
何かしらの言い訳をつけて断りました。

そのあたりからその会社に対する気持ちが変わってしまった。

その当時、派遣社員が目にとまりました。
時給高い。時間ももう5時出勤なんてしなくても良くなる。
作業服も全身白じゃないから髪もおしゃれできる。

こんな毎日5時だったら結婚しても朝食を囲んでなんてできないいんだろうな~?
よし!!まだ私も25歳前。。転職には遅くないぞ!!

散々引き止められて心苦しいところあったけど、私の心は決まっていました。

無事退職して、医療事務とホームヘルパーの資格を取ることにしました。

ニチイで資料請求してまずは医療事務。
両立しようかとも思ったけど器用な頭ではないので、ひとつずつ。
私が選んだのは一ヶ月半の短期コース。

習ってみて思った。
頑張らないと難しい。
何だかんだしているうちに講座は終わってしまいました。

次は試験の勉強をしながら、ホームヘルパーの講座。
ヘルパーは順調に進んでいきました。
施設での体験学習も無事に終わって資格を取ることができました。

医療事務は3回試験に落ちてだんだん受講費が大変になってきました。
一緒に医療事務を受講した友達が資格を取らなくても
働いていると聞き同じ大きい総合病院に申し込みました。
私が担当になったのは「消化器外来」

私は妊婦さんの代わりにとりあえず担当というかたちで、
初めからフルタイムで一人。
曜日を決めてパートが二人在籍していました。

高校で一応進学コースだったのに
パソコンを習っていなかったので
全て初めてな私は自分で言うのもなんですがお荷物。
教える方も大変だっただろうと思います。

派遣先の担当の話だと、「現場できちんと教えてくれるから大丈夫」
実際の現場はある程度出来る人を求めていました。

教えてくれる妊婦さんは優しくた良かったのですが、
もうひとりのいわゆるお局。すごかった。

なかなか覚えの悪い私に
「もう一週間経ったんだからもうわかったでしょ?」
「こんなに覚えの悪い新人来るなら、立派な大卒希望するんだったよ!」

一週間経った月曜日にはいつもの
「休み中少しは勉強してきた?
それとも全部リセットしてまた振り出しかな?」

そんなことばかりで洗脳されてしまい
覚えることもままならなくなってしまいました。

こんなんじゃノイローゼになってしまう。

当時の彼氏にも、
「ひどすぎるから、ノイローゼになる前にやめたほうがいいぞ。
自分のことは自分じゃないとわからないんだから。
精神病とかはなってしまってからだと遅いんだからね。」

派遣担当には何回か相談していました。
「あの人怖いです。」

いろいろ相談して、実際お局さまにも、
「こんなに覚えが悪いんだからきっとこの仕事は合わないんだよ!
そう自分でも思わない?
毎日同じ失敗してなんとも思わない?」

そして辞めたいと相談しました。
ノイローゼになる。
ただ、女の職場は怖い。
派遣担当の人が看護師のチーフに相談したらしい。

「あの糞ババアマジむかつく!!って言ってるらしいよ。」

それに近いことは誰でも思うだろうけど、
そんなストレートに私が言えるわけがないのに、
私が言ったとかいうことになって
お局が真っ赤になって私のところに怒鳴りに来た。

当然だ。
もう何にも言えない。
言えないけど、そんなこと言ってない。
きっと女の職場だし、噂になるほどに話はでかくなる。

もう本当に辞めたい。
でも休んだらもっと行きづらくなるし、
「お腹がいたので休みます」
なんて嘘ついた日には、「ちゃんと病院行ったの?」

内科だから症状名まで聞かれて
薬の名前まで聞かれるしお昼に薬飲む時に見られる。

友達や先輩に相談したら、
「辞めてもいいだろうけど、大人なんだから最後まできちんと出勤しないとね。」
と言われて
最後の日まで頑張りました。

最後の一週間はお局もみんな私が辞めるのを知っても
いろいろ教えるんだなあと複雑な気持ちでした。

しかし、お局に
「もう三ヶ月なのにまだわからないことだらけよね?やる気ある?
あたしももう教えるのも嫌になってきたんだけど
辞めたいとか思わないの?」

色々言われて、さすがの私も辞表を出していることを伝えた。
流石に毎日のように私がいない、
聞いていないと思って話している陰口も
全ておばさん声でかいから聞こえてるし、
そこまで言われて我慢できるほど強くもない。
ここらが限界。お局もそれからは優しくなった。

最後の日、お局は仕事を休んだ。

最後に言いたいことを全部言ってスッキリ帰ってこい!
と彼氏に言われたから少しドキドキして出勤したのに残念。

でも、最後のランチの時お局がいないからか
看護師さんや他の部署の事務の子が励ましに来た。

「大変だったねー!見てたよー!」
聞けば、いつも散々な人で前に居た新人は
二日目で帰ってそのまま来なかったらしい。

問題な場所に当たってしまったなーと思った。
他の部署もあるから経験を積むためにも
辞めないで部署異動にしてみたら?
と言う意見ももらったけど、
なんだか胸がいっぱいで無理だった。

今思えば、移動してやっていけばよかったかな。

次はホームヘルパーを取ったし
介護系で行こうと応募したけどなかなか受からない。
人足りてないって言うよね???
疑問になるくらい受からない。
仕方なくホームヘルパーの応募しながら、
派遣の方、工場の募集に応募したら受かった。

今まで工場でも食品系だったので
機械系の仕事は衛生的にはとても楽ちんだった。
時間もゆとりがある出勤時間だったし、
特になにも不満はなかった。

たまたま友達が派遣先で働いていたこともあって
毎日が楽しかった。
派遣だけどこのまま働いて行きたかった。

そんな私はあの、リーマンショックで
綺麗さっぱり派遣切りになった。

ニュースで派遣切りの話が出てから
私の会社も全体集会が行われて
契約終了かそのまま準社員になる話だった。

できるなら準社員になりたい。
その期限まで半年があった。毎月少しずつ人が減っていく。
「いないってことは切られたんだなー」
なんだか切なかった。

期限まであと一週間という時に、
私の携帯にも派遣会社から電話があった。
出たくなかった。
できることなら見たくない現実。

でてみたらやはり契約終了の話。
有給も全部消化とは行かないみたいな話。
絶望的。
契約終了とは言ってもその日まではまだ一ヶ月あった。

友達に話をしたらすごくがっかりしたいた。
まー考えてみれば、
最近海外の会社の子が工場見学しに来て
私の部署を隅々見ていったなー。
それって、私の部署が海外に異動するってことだったらしい。

そして契約終了。約2年半。
有給を使い果たす前に
昔いたパン工場の知り合いに聞いてみた。
夜勤ならいいぞ。
夜勤はちょっとなー。
そんなわけで職安で今度も食品で応募した。

そこはパートでもボーナスが出る。
朝もまあまあ普通。パン屋さんよりは遅いから
贅沢言わないでとりあえず受けてみた。
面接を受けて一週間と言われたけどすぐに電話が来た。
受かった。

そこに今でも働いています。
いわゆるブラック企業らっしいけど私から見れば、
人間関係を見たら医療事務のお局に勝る曲者はいない。
だから一応働いている。
結婚して育休ももらってパートの割には
恵まれているなーと今は実感しています。

最後に何回も転職して思うことは、
できるなら卒業して始めて働いた会社で
ずっとが一番だと感じます。
男なら特に。

どの会社に行っても多少は大変だし苦痛だけど、
一応出勤したら給料を貰えるようなら頑張ってこなして欲しい。
営業みたいにノルマがあるなら大変そう。

稼がないと生活はできない。
できり限り好きに近い仕事について
一生楽しく暮らしていきたいですね。

慣れた仕事の転職が上手く行くコツ

販売業が慣れて好きなので、それが志望動機ですね私の転職を通じての体験談について記述します。

学生を卒業して最初の内は販売業を主にしていました。

学生時代にアルバイトで販売のお仕事をしていたので
ある程度販売業の経験があり
その経験を生かして実際に学校を卒業してから
販売職の正社員の仕事につきました。

やはり学生時代の経験があった為、
特に問題なく就職する事が出来て
仕事内容もさほどアルバイトとは変わらなかったので
スムーズに仕事が出来ました。

接客業はもともと好きでしたので
スキルアップをしながら
どんどん仕事が出来る様になり
社会人としてのマナーやルールやエチケットにも
気を配りながら社員研修を通じて色々と学ぶ事が出来ましたので
そういった面では学生時代に
接客業のアルバイトをしていて良かったと思いました。

実際にアルバイトを通じて経験をしていて
色々と学んでおいたので成功出来て良かったです。

次に転職にあたっての失敗談についてですが
販売業を辞めて次の新しい転職先は
未経験の職種を選ぶ事にしました。

工場での勤務でしたが全くの未経験だった為に
効率良く仕事が出来ずに失敗をよくしてしまいました。

やはりそれでも頑張ろうと思いましたが
なかなか上手く仕事内容にも慣れなくて
自分には合っていない職でしたので退職する事にしました。
その時に同じ販売業に転職しておけば良かったと思いました。

転職を成功させるにはやはり同業種に転職する方が
経験もある為仕事内容にも慣れやすいと思いますので
比較的成功しやすいと実感しました。

人にはやはり向き不向きの職業があると思いますので
自分に合った適職を見つける事が経験を通じて感じました。

看護師の友人の志望動機は、診療科目が好きと言っていましたが、
私は慣れた仕事で、好きな販売がいいです。

甘かった自分、でも社会も捨てたもんじゃない

事務だけではなく手に職を付けたくてデザインの会社に就職しましたかれこれ20年以上仕事をしておりまして、
バブル末期から今日まで、
様々な市場情勢と戦いながら何度か転職活動をしてまいりました。

若かりし頃は、まだまだ売り手市場真っ只中で、
有名企業にバンバン面接に行き、
ほぼ100%採用通知をいただいていました。

何の取り柄も資格もないOLが、
怖いものなしでノホホンと転職する…
今の自分がその頃の自分に会えるなら、
「世の中ナメ過ぎ!」と注意してあげたいくらいお気軽でした。

しかしながら、そんないい時代も長くは続かず、
バブル崩壊後、事務職の募集は激減、
嫌になったからとか、お給料が安いからという理由で
簡単に身動きは取れなくなりました。

もちろん、私も私情で会社選びをするなんて
気楽な考えはできなくなり、
「倒産しない会社はない」と思いながら、
経営状況や取扱商品など、
細かな企業チェックをするようになりました。

この頃に結婚、出産を迎えた私は、
思った以上に子育てママが就職活動で
冷遇されている事を思い知りました。

履歴書に子供「有り」と記していると必ず子供の年齢を聞かれ、
採用見送りは当たり前でした。

それでも諦めず、就職活動を続けていくうちに、
オフコン、ワープロから、
パソコン(MAC)が導入されるように時代が移り変わり、
「事務だけでは雇ってもらえない!手に職つけたい!!」
と考えるようになり、働きながら学ばせてもらおうと、
デザイン関連の仕事に就くようになりました。

今思えば、この時でもまだ、
世間知らずバリバリでデザイン業界に飛び込み、
グラフィック系ソフトの操作もおぼつかない状態の私を
雇ってくださった企業様には感謝しかありません。

私が経営者なら、絶対不採用にしていたと思います。
そう思うと世の中捨てたもんじゃない、
諦めないモノ勝ちと感じます。

残念ながら、その企業様は不景気の煽りで縮小され、
作業自体が減っていく中で
お給料をいただくのが忍びなく退職、転職をしました。

今は時代の流れに沿って、webデザインの仕事に就いています。
正直、たくさん資格を取ったわけでもなく、
人様に堂々と何かのエキスパートだと言える程の
キャリアもありませんが、ずっと真面目に働いてきました。

働く事が嫌いでなければ、
そして諦めなければ、必ず道は開けると思います。

待遇の良い、即採用の会社は怪しい

即採用する企業は注意が必要です独身時代3度の転職を経験しました。

高校卒業後、同級生が勤めていた製造業の会社に
誘われ深く考えもせずに入社しました。

面接も簡単な質問程度で即採用され、
翌日から働く事になりました。

アルバイト経験もなかった私には
初めての仕事でしたが「製造業」という職種を
”誰でも出来る仕事”と甘く考えていました。

毎日のように筋肉痛に悩まされましたが
それ以上に辛かったのは職場の大半が主婦の方で
自分の母親より年齢が上の方が多い事でした。

知り合い以外に友達も出来ず、
話の内容も年齢が違う為分からない事が多く
肉体的・精神的にも辛い職場でした。
耐えきれずに1年足らずで退職。
すぐにハローワークで求職活動を始めました。

製造業の辛さから、今度は事務職にしよう!
しかし求人票を見ても会社ごとの違いが余り分からない・・・。

当初の私は「正社員なら福利厚生などは皆同じだろう」
と思っていたのです。
大きな違いは「給料」位。
そんな間違った見識の元に求人の中から
一番基本給の高かった会社に面接を申し込みました。

給料が高いから競争率も高いのだろう。
採用されたらラッキーだなぁ程度の意気込みだったにも関わらず、
あっさり採用されて驚きました。

すぐに働いてほしいと言われた時に疑問に思うべきでした。
こんな好条件なら他に面接希望者が出るはずなのに
最初に来た私を即採用するのは不自然でした。

仕事を初めてすぐに「何か変だ・・・」と思いました。
退職した事務員の補充という事で私は採用されたのですが
2人いた事務員が”2人とも同時に”退職していたのです。

直接会っての引き継ぎや
マニュアルのような物もありませんでした。

しかし、事務職の経験がない私には
引き継ぎをせずに辞める事の重大さがまだ良く分かっておらず、
何か原因があったんだろうなぁ程度にしか思っていませんでした。

他の社員に少しづつ仕事を習いながら半年程した時に
突然会社の名前が変わりました。

社長からは「社名が変わるだけだから。
社員も仕事内容も以前と同じように頑張ってください」という説明のみ。

(後日分かりましたが会社が倒産。
別の名前で新たに会社を設立し社員を丸ごと移動したそうです)

しかしその後は仕事が激減してしまい、
呑気な私もさすがに転職を考えるようになりました。

幸いにも職業訓練校の生徒を募集しており、
自分が受講資格があると分かったので
社長に直接退職願を申し出て無事退職しました。

仕事は殆ど無かったけれど
給料は退職時まで滞りなく貰えていました。

3回目の転職は訓練校を卒業し再度事務で採用されました。

「同訓練校の卒業生が長く勤務しているので安心して働けると思います。」
そう言われたのが面接を受ける決めてでした。

忙しい会社でしたが、
その会社には14年勤務し結婚を機に退職しました。

安定した業績を維持できる会社を見極めるのは大変ですが
待遇が良く尚且つ即採用される会社には何か原因があるものだと学びました。

中小企業で自分を鍛えるのもいいです

活力のある中小企業で働いて自分を鍛えるのもいいですね私は現在社会人12年目で、
転職は二回しており今は三社目の会社に勤めています。

新卒で入社した会社は住宅関連の企業で、
従業員規模は50人位でした。
今では200人以上の従業員がいて、急成長しているようです。

私は当時営業を担当しており、お客様も順調に獲得し
いい関係を築けていた為、成績もよかったです。

ただ、非常に狭い業界であり、
このままだとつぶしがきかないのでは?
と不安になったことが一回目の転職のきっかけです。

ただ、規模の小さい会社で自由にやらせてもらっていたので、
大企業は合わないだろうと考え、業界としては元気のある
インターネット系の会社に転職しました。

住宅関連業界から転職して思ったことは、
当時のインターネット系企業は派手でした。

私服で営業するし、業界の交流会はクラブを借りきってやるし、
そこでも様々な人と会うことができて、
非常にいい勉強になり、刺激にもなりました。

また、会社も上向きでマザーズへの上場も控えており、
まさにベンチャー企業といった感じでした。

従業員も皆前向きで、営業と開発が一体となって頑張ろう!
そんな雰囲気でしたので、自分自身も他の人に負けまいと
必死に仕事をこなしてきました。

そんな時に、某インターネット企業の摘発があり、
同じ業界の我々に対する上場審査は非常に厳しくなり、
結局上場はできず、挙げ句の果てには
某ファンドに買収されてしまいました。

結婚も考えていたので、安定した大きな企業に行こうと思い、
二度目の転職をしました。

三社目はとにかく安定している会社で、今も勤めています。
従業員規模は2000名くらいです。

仕事は程よく忙しく、自分の時間をもてるようになりました。
また、生活も安定してきたので、今では結婚もし子供もいます。
今までいた会社ではこうはいかなかったと思います。

一社目や二社目のような規模の小さい企業は、
若くても裁量がもてて、
仕事にやりがいを感じることが多かったように思います。

ただ、従業員一人当たりの作業量だけではなく、
責任もかなり重くのしかかります。

一方、大企業は仕事の規模は大きくなりますが、
多くの人と協力しながら進めるので、意思決定に時間はかかるし、
調整ごとが多くなります。

ただし、会社としての安定感は比べものにならないです。

これは個人の意見ですが、結婚など生活する環境で、
考え方がどんどん安定思考になったので、
若いうちは小さい会社必死に仕事をし、
多くの経験を積んだ方が、どんな会社に行っても
通用する人材になると思います。

そうか

誰もが初めて就職した職場に一生いるとは限りません。
特に時代が大きく変わった現代、転職は一般的であり、
多くの人が転職することが普通になりつつあります。
しかし、ヘッドハンティングなどならいざ知らず、
まだまだ中途採用なども少ないのが日本の現状です。
正規雇用も減り続けていますが、そんな中、こんな方法でうまく転職出来た!
そんな方法があったのか!など有益な情報を紹介したいと思います。